ある夏の日に

往きて、帰る。
逝きても、帰る。

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駅の軒下に鳩が住みついていた。
そこには鳩避けの網が斜めに張られていたのだけれど、一羽の鳩が、ほんの少しの小枝や枯れ草を敷いて辛うじて水平を保ち、その上にじっと腰を下ろしていた。いつ見てもそこに居たので、もしかしたら、その躯の下に小さな卵を抱いていたのかもしれない。

ある日の朝、駅を通りかかると、作業服を着た男性が2人、鳩の居た辺りにトゲトゲした針状のものを設置していた。その人たちは特に大変そうな様子には見えなかったけれど、一羽の鳩が猛スピードで辺りを飛び回っていた。わたしは頭の片隅で、そこに暮らしていた鳩とそのお腹の下にあったかもしれない卵のことを思ったけれど、電車の時間が迫っていたこともあり、一瞬うしろを振り返っただけであっさり通り過ぎてしまった。

帰り道、あの軒下に鳩の姿はなかった。小枝も枯れ草も、何もなかった。

仕方なかったのだろうと思う。
あの軒下を通る何人もの人が、鳩にウンを授けられたのだろう。

危機に際して、作業服の人間に攻撃することもできず、ただ猛スピードで飛び回るしかなかったあの鳩は、今頃どうしているだろうか。すっかり前を向いて、どこか静かな場所で羽を休めていて欲しいと願わずにはいられない。